2014,01,24, Friday
地元育ちの先輩農家Kさんと共同で、雑木の伐採をしたことがあります。Kさんにとっては、新しく植える苗木に繁った枝葉がかぶさるために。すぐ隣に甘夏園のある僕にとっては、日当たりが悪くなっていたために、以前から気になっていた大きな雑木でした。
他の仕事で、僕は一足遅れて合流しました。 太い大きな枝や幹は邪魔にならないところまで運び出しますが、そればかりでは手間がかかるので、さほど大きくないものはその場で燃やしてしまいます。Kさんの後継者の息子や農業実習生もいて、人数に余裕もあったので、切り倒し役と、運び出し・野焼き役とに、おおまかに分かれて作業をしました。 「上原くん、休もうや」、先が見えてきたところで呼ばれ、みんなで火の回りに集まりました。「ほれ、これ食ってや」と手渡されたのは、なんと灰の中から出てきた焼き芋。アルミホイルをはがすとホクホクの湯気が立ち、いかにも美味しそう。こういう食事は理屈抜きに旨いものです。 作業をはかどらせながら、同時に楽しみを生み出す時間の使い方があるのだと、このときすごく感心しました。園地での仕事は、僕の場合は独りでおこなうことがほとんどで、がむしゃらに、休憩も少なくやってきていたものですから。そういう姿勢が、真面目な農家なのだと思い込んでいたのです。 このときのことを、ふと思い出しました。 今春にはたくさんの苗木を植えるべく、準備を進めています。この日は、古い、大きな伊予柑の樹を伐採していました。以前に管理していた他生産者が、おそらく甘夏か夏みかんに高接ぎしたものですが、枝が多く、幹も太くなっています。 その幹にチェーンソーを当てながら、「これをきれいに切って持って帰ったら、(う)と(す)が喜びそうだな。囲炉裏の周りの椅子や、飾り台になるかも」なんてことが思い浮かび、取り掛かりはじめました。何本目かになってくると、だんだん上手になってきます。お気に入りのものには、その場で腰を掛けてみる。一人満足気に顔をあげると、気持ちのよい青空と穏やかなそよ風の真っただ中に、自分がいることに気づきます。 毎日が夏休み。農業にかぎったことではないでしょうが、つくづくそういう職業なのだと感じ入りました。打ち込むも、だらだら過ごすも、楽しいかどうかさえその人次第。 いい汗かきました。さあ、カラスが鳴いたぞ、帰ろうか。 (ゆ) |
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