コーナー内検索

カテゴリ
この一年間
コメントありがとう
ぶろぐん+
POWERED BY
BLOGNPLUS(ぶろぐん+)
リンクなど

ヤケ酒 その4
小さな村の中に、性格も規模も様々なグループ活動があり、共同作業の後には必ず一席が伴う。男のグループなら、たいていは飲み会となる。
飲み物、肴を囲んで、配席は自ずと決まるものだが、この中に牢名主の席という場所がある。ここは空いていてはいけない。それを見つければ、気の利いた年寄りならば、「さあ、牢名主の席に座ろうか」と言って座に直る。そんな人ほど手強い。

この日も飲み会になった。生え抜きの老人が多かった。
話のほとんどは、こうなれば毎度のことのように話題にのぼることばかり。まれに目新しい話題があっても、新聞やテレビで、みんな同じものを見ていた。何をするにもたたき上げの努力が必要だったから、この田舎の経済のこと、政治のこと、生産のこと、すべてお互いに了解済みのこと。それでも歳を重ねるごとに、それを話すのが楽しく、また聞くのが楽しい。
するとこの中の一人が、「俺が総理大臣になったら」と切り出した。そして、「混住を進める。そうしたら戦争は起きんがよ」と続けた。
「そしたら、あんた総理大臣よ」と、まず牢名主の席の者が相槌を打った。なぜあんな愚かなことを、と太平洋戦争のことをみんなで振り返る。
その場に居合わせた若者は、黙って聞いていた。もとよりそれが役割というものだ。

この年寄りたちは、酒を飲んでいない時も酔っぱらっているよう。そして酒を飲んだ時ほど、真面目に議論する。この場にいた老人のうちの一人が、以前、「被差別部落っちゅうもんがあってなぁ、よう議論したもんよ。嫁のことでもなぁ、『そりゃあ、いい子ならもろたらええ。けんど、自分とこから嫁にやるがぁ、いけんど』なんてな、よう議論したもんよ」と言って、目を細めたことがあった。その時も、呑んで議論していたに違いない。

今どき、総理大臣になったら、なんて言う人があるだろうか。それに驚きも、揶揄する者もないこの酒場は、素敵だ。彼らが共有している、何か、土台のようなものを思うと、ぐっと、こみ上げるものがある。コップの端を口唇におしつけて、何とか抑え込む。
おそらく、また、この酒場も、話題も、思い当たるいくつかの場所で、すぐに再現するのだろう。

何度も、何度も。

(おわり)


(ゆ)
| Atelier moo | comments (0) | trackback (0) |

PAGE TOP ↑