最近付き合いのある環境団体を通じてよく船で繰り出している東部コルカタ湿地帯。今までは、その船の上から、北側に聳え立つITのビル郡や南側の大きなゴミの丘を臨んでいました。この日は、ついにこの丘のふもとまでやって来ました。
今回連絡をとったのは、Swadhin YatraというNGO。この辺りのスラムにて、小規模ですがマイクロクレジット活動を行っている団体です。彼らと一緒にタクシーに乗ってコルカタを北上し、空港に続くバイパス道路から東に入っていくとそこには一面野菜の畑が広がっています。畑?うーん、よく見ると野菜が育っているのは土ではなく、ここに運ばれてくるゴミたちです。収穫をしている人もいれば、混じりこんだプラスチックを集める人も見えました。ここは、元々は大地主の土地でしたが、今は州政府の土地。ここで野菜栽培をして生計を立てている人たちは、土や肥料を買うのは高いので、トラック一杯のゴミを400ルピー(約1200円)程払ってそこに落としてもらっているのだとか。そして、栽培を促進するための薬品をまいて、カリフラワー、なす、ほうれん草、キャベツなどが収穫され、コルカタの市内に運ばれていく、と。そんな話を聞いて、確かに空港に行くまでのだだっ広いバイパス道路の脇で、カリフラワーだけをいくつか道端に並べて売っている人がいたのも納得が行きました。どこにいても、自分が口にするものに含まれる化学調味料や化学肥料など、知れば知るほどぞっとするものですが、今回もその例にもれません。
さて、そんな「畑」をグングン進むと、州政府が建てた小さなオフィスが見えてきます。コルカタの街中からトラックで毎日何百トンと運ばれて来るゴミたちは、ここで重さを量られたのちに目の前に広がるゴミの丘で降ろされます。この街には、ゴミ焼却所はありません。固いゴミはこの丘に積み上げられ、下水は湿地帯に流れこんでいるということのようです。フィリピンのスモーキーマウンテンの様子を映画『神の子たち』で観たときは衝撃的でしたが、この街にもそんな光景が、すぐそこに。日常生活のゴミだけでなく、病院の廃棄物、狂犬病で瀕死の犬など、あらゆるものがここに集まって、そして「使えそうなもの、売れそうなもの」を集めて生計を立てている人たちがいるということを、あらためて目の当たりにしたのでした。
Swadhin Yatraの彼らが次に連れて行ってくれたのは、今度はバイパス道路の西側、コルカタ一巨大だというスラム街、Dhapaという地区です。私たちが歩き回ったこのスラム街は、ゴミ山の上に出来上がった街。先ほどの東側のゴミ山が出来るまでは、ここだけがコルカタ唯一のゴミ山だったそうです。ここには何十万人もの人が住んでいて、いつ立ち退きを迫られてもおかしくない日々を送っているとのことでした。そしてここのスラムの住人たちは、近隣のビハール州やウッタルプラデーシュ州、バングラデシュ独立戦争時の難民など、話される言葉やアクセントも様々だったのが印象的でした。私も、一緒に行った(ゆ)も同僚も、それぞれが使える言葉を駆使して住民と会話をし、それぞれ何か考えながら、またそれぞれが見てきた他のスラムの人たちのことなんかを思い出しながら、帰路につきました。
これも彼らや私たちが暮らす、このコルカタという街の一側面です。
(わ)