さても、かんまん部屋
○『コミュニティ』No.151 掲載(2013年11月)
○一般財団法人第一生命財団 発行

 

 うえはらゆうき



 僕たちの友人には、第三世界の地域開発やフェアトレードに携わってきた人が少なくない。この日やってくる友人もその一人で、彼女は二度目の来訪。赴いていた現地プロジェクトから戻ったばかりだとか。
 うちの子どもたちは、みんなでごはんを食べるのが好きだ。朝飯も始まらないうちに戸を開けて、向かいのバアやんに大声で話しかける。「今日、お客さん来んの、パーティーするの!」「おお、そうか、じゃあこの野菜を取りに来なさい」と呼び出され、「ありがとー、地震来たら一番に助けに来るからね!」「ワシら もうすぐ死ぬがやけん、アンタらすぐ逃げなさい」、その会話に僕たち夫婦は吹き出してしまう。
 若手農家の何人かにも声をかけた。彼らとは『原点に帰って自然栽培を目指そう』と、技術交流や勉強会を一緒におこなっている。前のときにも引き合わせたのだ。
 友人がやってきた。少し体を動かしたいと言うので、みかん山に連れていく。作業を手伝ってもらいながら、最近の勉強の成果を説明すると、目をキラキラさせて聞いている。
 いい時間になった。手伝いのおかげで、この日の仕事も滞りなく済んだ。かんまん部屋に戻ると、すっかり食事の準備が整っていて、嬉しくなってビールを開 ける。今晩は囲炉裏のバーベキュー、お客さんがある時の定番になっている。火加減を見て少し炭を足すと、間もなく若手農家もやってきた。手土産にアジを下げてくるあたり、地の人らしい。ここはもともと海の村であったのだ。すぐさま塩をふって網に載せると、しずくが炭にいい音を立てる。手が空いていれば腰を下ろし、座に落ち着いた者同士、箸をつけながら会話が始まる。

(画像をクリックすると拡大します)


子どもたちがここから外を
眺める姿が僕たちは好きだ。
この間戸を通して
何が見えているのだろう?
いきなり唄を歌い始めたり、
通行人に誰彼となく挨拶をしたり、
子はまさに宝だと思う。

 彼女の報告では、前回のときに話した栽培の考え方や、このグループの活動がプロジェクトの参考になったと言う。現地NGOのプログラムオフィサーも関心を 示していたそうだ。そうかそうか、酒が進む。すると今度は、具体的な技術は分からないし、苦労話も大事なので、来年あたり、一緒に現地に行ってくれないかと言う。「へっ?」、お呼びのかかったリーダーの困惑をよそに周りは、それはいいことだ、行け行けと囃し立て、グループの積立金からも費用を一部捻出することにした。彼はまずパスポートを取らなければならない。  
「灯りついちょったけん、声も聞こえたけん」、決まり文句でやってきたのは近所のおっちゃん。片手には自分用のジョッキ、すでに焼酎が入っている。おっちゃんもアジを下げてきた。「さっき貰ったの塩焼きにしてるんですよ」「そんじゃこれは刺身にせえや。新しいけん」と促され、連れ合いが台所に立つ。ほとんど仕切り直しで、駐在報告も自己紹介からやり直し。二回目だから、おのずと少し詳しい話も加わり、若手農家のメンバーからも、ときどき質問が入る。「お前のと ころには、いつも面白い奴が来るのう」、おっちゃんが自分でお湯割りを作り始めた。リーダーの現地行きには、彼女はあえて触れないみたい。機転のよさに感心する。
 子どもたちはとっくに眠ってしまった。やかましくてもお構いなし。昼間は野原に海に、遊び回っていたよう だ。夜がさらに更けてくると、おっちゃんの昔話がしんみり馴染んでくる。若手農家のメンバーの中には断片的に知っている者もあり、案外会話もはずむ。彼女にとっては新鮮だろう。しかし「『シゼンサイバイ』とやらはどうよ、いけんやろ」、酔い任せにこの手の話が始まると、宴も終わりに近い。果樹栽培の土つく り、枝つくりは職人気質なところで、考え方の根本は人生観に及びかねない。むきになるのは得策でない。「まだ一部の畑で実験しているだけだからね」、はぐ らかせているうちに、囲炉裏の周りから片付けが始まる。

ありがたいことに、
かんまん部屋にはこれまでに
多くの人が訪れてくれている。
交流のそれぞれがとても大切。
訪問者が重なって、ときどき
思わぬ組み合わせが
実現するのも面白い。
囲炉裏は世界平和の稽古場なんだ。
 翌日、友人を見送る時間、僕たちの目の前で軽トラが停まり、したり顔のおっちゃんが窓から身を乗り出してこちらを向いた。「達者ですか。昨日は飲み過ぎましたね」「おお、またやろうや。アンタもまた来いや、今度はうちに泊まったらいいけん。俺ぁ、今晩は早寝するぞ」、それだけ言って走り去っていく。ちょうどリーダーからも電話がかかってくる。来年だというのに、もうパスポートを取りに行っているらしい。「ビザっちゅうのが要るらしいやないか」と気が早い。 彼女も大笑い、笑顔で「またね」と送り出す。
*   *   *
 これは、かんまん部屋の暮らしと、ここへ移り住むまでの僕たち夫婦の経験をもとにした作り話。まるきり絵空事でもなく、ついこのあいだ、実際にあったかのような物語。
 何のために・・・、まちづくりには問題意識や大義名分が必要そうだが、そんな固定観念は取っ払ってしまおう。ではまちづくりとは何か、それもひとまず置いておこう。僕たちはそういうことにしている。100メートル9秒台を目指す選手に、「そんなに早く走ってどうするの?」なんて疑問を持つだろうか。場所というものを背景に、あるいは手掛かりに、そういう集中があっても好いと思う。まちづくりが表象してくる、かんまん部屋がその舞台となれれば嬉しい。
 段畑で汗をかき、家族そろって元気よく、この場所で、地域に根差した人間力を養っていきたい。丸い地球の人々と確かに交信できるよう。

地域に根差した技術や文化とは、
本当はどんなものだろう。
自分の田舎の視点から世界を
見渡して、≪現場≫は自ら
定義しよう。≪田舎者≫から
≪世界的いなか人≫へ、
想像力を育むことを大事にしたい。



>>もどる