インドから愛媛の海端へ
こんな田舎のカアチャンの話 
 〜英語がつくった輪〜
○「草のみどり」(2010年8月)掲載
○中央大学父母連絡会 発行

上原若菜



一年が経って

 天まで届くほどの石垣の段々畑では、柑橘だけではなく、梅を育てている農家も多い。収穫が始まり、我が家でも梅酒をはじめ、梅のジャム、エキス、シロップやコンポートなどをせっせと作る。柑橘畑では、朝から晩まで草刈機が張り切ってブンブンとエンジン音を響かせている。除草剤を使わない有機農家にとって、夏場の草刈は大変な作業。ちょうど私たちがここに引っ越してきたのも、一年前のこんな時期であった。
 まだまだ新参者の私たちだけれど、それなりに地域での役も増えてきた。私に関していえば、地元の子育てサークルの世話役を引き継ぐことになったり、近所の中学生の家庭教師をしたり。また、町内で唯一英語を話す者として噂が広がり、近所の子どもやお母さんへの日常英会話のレッスンを頼まれて引き受けるようにもなった。こうした活動をちょこちょこやっているからか、案外暇をしていないのが意外である。今回は、中でも英語をきっかけに広がった活動を紹介したい。

母子が英語で遊ぶ会

 「ごるぽっこ」というへんてこりんな名前をつけて(ベンガル語からとったもの)、母子が我が家に集う活動が始まったのは、去年の8月。我が家に1歳から3歳の子どもたちとその母親5組がお昼を持ち寄って集まった。これは、「子どもに英語を習わせたい」という相談を受け企画したもの。まずは自己紹介や子どもに英語を、と考える背景などを話してもらった。聞いてみると、

 「自分が英語に憧れつつも、学生の時から大の苦手。子どもには、入り口で好きになっ   てもらいたい」
 「夫と海外旅行に行った時、夫は話せるのに自分は言葉が出なかったのが悔しくて。こっそり練習したいの」
 「子どもが習うのを聞きながら、実は自分が英語に触れたいと思って」

と、実はお母さん自身に英語への意欲と関心が強いことが分かった。そんな思いに対して何か力になれたらと感じ、引き受けることにした。実は、英才教育のようなものを期待されていたならば、私には不向きですと断るつもりでいたのだった。
 世界中にはいろんな「英語」を話す人がいること、私が英語に触れてきた背景や経歴、どのように身につけてきたのかなどを一通り説明して、結局、週に一度、英語を口にする機会を母子一緒に作るという集いをやっていくことになった。やるからには続けてみたい。継続するには、母自身も楽しむということ、そして無理をしないというところかな、と内心で思った。

我が家にとって

 何回か続けていると、子どもたちのことばの習得能力の高さに驚かされると同時に、それぞれの親が持つ子どもへのスタンスがとても興味深い。連れ合いもお昼には戻り子どもたちと一緒食べるので、皆が帰った後に子どもへの接し方について話し合うこともしばしばだ。我が子を、いつ、どの様に叱るのか、叱らないのか。他の親の考え方をどう思うか、また自分たちはどうありたいか。こうしたことを考える良き機会を得ている。
 また、こうして若いカアチャンたちが子ども連れでちょくちょく我が家に出入りしてくれることで、我が家に対する近所での印象も変わってきた。たいてい扉を開け放してあるので、声を聞いておやつを持って来てくれるおばあちゃんもいる。「何か英語でやっているらしいが、塾ではなく賑やかで楽しそう」そんな噂がにわかに広がっているらしい。

参加者にとって

 参加しているカアチャンたちの反応はどのようなものか。一番盛り上がりを見せるのが、お昼を食べて子どもたちが一人また一人と昼寝をし出し、やっと落ち着く昼下がり。さて、これから30分は英語だけでしゃべってみましょう、という時間にしている。英会話のレベルもまちまちだけれど、育児に模索する若い親として、また30歳前後の女性として、おしゃべりのネタは尽きない。話したいことがあるから頑張るし、聞きたい情報だから熱心に耳を傾ける。「ああ、学生時代からこんな意欲があったらなぁ」。そんなぼやきも出たりする。他のお母さんの積極性が、互いに良い刺激になっているようでもある。
 すぐ目の前に使う機会があるわけではない主婦が、語学を習得するということ。そのことで、目が輝く人たちがいることを、私はここに来て、再び目の当たりにしている。というのも、コルカタでも、そうした主婦のグループと出会ったからだ。日本語を勉強しているベンガル人主婦のSさんは、よくこう語っていた。

 「日本語を勉強することを通して、また自分を取り戻しました。そのことが一番の宝物です。」

 こちらのカアチャンたちはここまで自覚はしていないだろうけれど、どこか繋がる熱気を感じる。何より嬉しかったのは、会話の中で彼女たちが、いつか一緒にインドに行って英語を使ってみたいと言ったこと。国を越えたカアチャンの輪ができたら、どんなに刺激的だろうか。家を担う主婦が生き生きすることは、家に、地域に、良いエネルギーを生み出すのだと信じられる気がする。

集まりの意外な機能

 英語習得以外にも、自主保育的な要素が見え隠れするようになっているのも興味深い。自主保育とは、親の手で保育の場を作っていくということ。「ごるぽっこ」においていえば、子どもたちの月齢や性格の違いか生まれる行動や興味の対象、また運動能力の差を踏まえて、皆で知恵を絞って部屋の中を安全に、かつ自由度を高く保つ工夫を、親が自分たちで工夫する。また、たまに仕事の用事があるカアチャンが、息子を「ごるぽっこ」に預けて数時間出かけたりする。こういうことが起きたのは大きな変化で、信頼感が根付いてきていることの表れだ。もちろん、「自主保育」を名乗るほど組織化した集まりではないけれど、自分たちの子育てをより楽しく気楽にするための一助となっているに違いない。
 また、会話の中から、英語に触れるということ以外でのこの活動の影響を拾ってみると、まずは子どもへの影響として、

・ 環境が変わってもお昼寝が出来るようになった
・ けんか、仲直り、おやつの分け合いなどを通して付き合い方を覚えている
・ 他の子に刺激を受けて、好き嫌いが減り、食べる量が増えだした
さらに、自分たちへの効果としては。
・ おしゃべりがストレス解消になるし、話したいことを話せる
・ (一品持ち寄り式のお昼なので)人の家のおかずが参考になる
・ 子育ての情報交換が出来る
・ 色んな年齢の子がいるので、我が子の、一、二年後の成長具合の参考になる

といった具合だ。カアチャンたちが「子どものため」といういい訳ではなく、素直に自分自身のメリットも感じて参加していることが伝わってくる。その前向きな関心意欲と姿勢は、必ず子どもたちにも伝わるものだと思う。

地域にとって

 さて小規模ながらもこうして出来た繋がりは、今後どのような発展を遂げるだろうか。
一つ、今ほのかに見えてきているのが、地域の中の他のグループや活動との絡みだ。「ごるぽっこ」で出来た仲間意識が、他の活動への積極性に繋がっていると感じるときがある。例えば、育児などに関する講習会が近所であれば誘い合って行くこともあるし、行政が主催する子育てサークルの世話役を引き受けていたメンバーの一人を、皆でサポートすることで活動が充実したりしている。実際、子どもが少ないこの地域では、子ども関連の活動は参加親子の顔ぶれは大抵いつも同じで、そのうち何名かでも元気なメンバーが核になれば、全体の雰囲気が変わってくる。そして今、「ごるぽっこ」参加者たちが、その核になりつつある気配があるのだ。
 そういえば、同じようなことは、途上国の地域開発の現場でも議論されている。例えば私が関わった中では、インドのある村で、女性たちや青少年のグループを作って活動をし、そのグループを繋げて、最終的には地域の活性化や生活水準の向上につなげようという取り組みがあった。活動内容は、識字であったりマイクロクレジットであったり、スポーツであったり様々であるが、どれも小さな仲間作りから始まる。
 ちなみに、私たちが暮らすこの地域では、数年以内に小学校の統合が行われることが必至だ。生徒たちの親、つまり近い未来の私たちがPTA活動などの中心になる日も遠くない。そう考えると、今構築しつつあるこの横の繋がりとそこから生まれる活気と信頼が、未来に向けても良い機能を果たすのではないだろうか。そんな期待もほのかに抱いてみたりして。

現在の「ごるぽっこ」

 ほぼ一年が経過して、子どもたちの口ずさむ英語も増え、お母さんの中には英語日記をつけ始める人も出てきた。調べ始めると、英語を使ったゲームや歌など、案外色々あるもので、手作りの教材を作ったりして、案外自分が一番楽しんでいたりもする。
 けれど予想外の展開としては、中心となっていたカアチャンたちが第二子、三子の出産を迎えてしばらくお休みすることになったり、仕事を始めて来る事が出来なくなる人が出たり。考えてみればどれも自然なことではあるのだが。 
 一方で、噂を聞いて市外から参加してくれる親子も出てきたことも嬉しい想定外だ。このように参加者の入れ替わりはあるものの、活動の趣旨は引き継がれている。参加者が増えたり変わったりすることが新たな情報と縁を生み、全体としては輪がじわじわと広がっていくような、そんな雰囲気も心地よい。
 かくいう私も、9月に第二子の出産を控える身。色んな可能性と縁をもたらしてくれた「ごるぽっこ」は、産後どんな形で継続していけるだろうか。私も含めたカアチャンたちが、互いのライフイベントを楽しみ支え合いながら、一緒に成長していけたら素敵なことだ。気負わずに、丁寧に続けていければ何よりだ。来年の今頃も、梅の香りと共に、我が家に親子の元気な声が溢れるようでありますように。



各自一品持ち寄りでお昼ご飯、とても賑やかです。



 




 

 

誕生日の子がいたので、みんなでおやつにホットケーキをたくさん焼いて積み上げました。



 




お昼が終われば、次々にお昼寝。








 
手作りの色あてカード。英語の歌に合わせてかるたをします。








  
テーブルをステージに、歌って踊って。



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