コルカタ満月記 第16話
 〜 見通す 〜
○「草のみどり」(2009年4月)掲載
○中央大学父母連絡会 発行
上原若菜

●任期終了

 コルカタも、最近徐々に暖かくなってきました。短かった冬が終わり、汗だくの季節がまたやってこようとしています。二〇〇七年四月に着任して二年の間、様々な切り口からこの仕事のこと、NGОのこと、海外で生活することなどについて書いてきましたが、その土台になっている「草の根」委嘱員としての任期ももう終わりです。そこでまずはざっくり、「草の根」という制度とそれに携わる委嘱員という仕事について、おさらいしてみたいと思います。



お向かいのGauriおばちゃんは
オリッサ州出身で料理の名人。
いつもレシピや素材について
教わっています。

職場の同僚が
遊びに来てくれました。

「NGOマインド」でクラフト作りを
手がける友人Kanikaと。

Kanikaにもらった
おくるみに包まれる娘。
ベンガルの伝統刺繍「kantha」が
一面施されています。

「Kalam」という伝統的な
ユニークな筆と自然染料のみを
用いて作品を描く作家さんを
最近訪ねました。 

その彼の作品の一つ。
Kanikaはこの作家さんとも
協働で小物を作ったりしています。

 

●「サボれる」委嘱員?

 「草の根」スキームとは、大まかにいうと「一団体一千万円を上限に、現地の社会的経済的弱者に裨益するようなハードインフラを整備するための助成制度」です。この一千万円という額は、多くのNGОにとっては決して小さい額ではありません。よもすれば、その団体の年間予算の大部分に達するということも、年間予算以上ということだってあり得ます。そんな助成制度の最前線にいるのが「草の根」委嘱員ですが、その仕事は、実は全く大変なものではない、と言ったら驚かれてしまうでしょうか。
 委嘱員の仕事は、割り当てられた予算の枠内で優良計画があることが大前提となります。その計画案に助成が決まればそのフォローアップ等が続くわけですが、つまり逆にいえば、助成対象となるべき計画案が無ければ、あるいは少なければおのずと手は空いてくるわけです。
 毎年大量の申請がありますが、最初から完璧に書き上げられた優良案件というものはほとんどありません。だからそのまま「優良案件がありませんでした」と言って、助成候補が挙がらないということも十分あり得るわけです。委嘱員は、助成案件数が少ないことに対して、最終的な責任を問われる立場にあるわけではありません。そしてその結果、その年の助成案件数とその助成総額が配分された予算を大きく下回り、その実績を元に翌年度の予算が減らされてしまったとしても、私のように任期を終えて去った後は、振り返ることすらないでしょう。後任者は助成枠が減ったことに対して気にする必要もありません。応募を考えている現地の申請団体にも、いくらでも言い訳ができます。


●必要とされている現状

 「草の根」は大使館や総領事館といった外務省の在外公館それぞれが契約主体となっているため、私たちの仕事は各館のトップ(大使や総領事)の意向や方針に大きく影響されることもあります。例えば、トップの気まぐれで特定の分野あるいは地域だけに助成先を集中させる、ということも十分あり得ます。しかしそのように絞ってみたところで、ニーズには追いつきません。「草の根」が対象にしているようなハードインフラ(例えば、病院、学校、井戸、孤児院等々)が、少なくともインド、特に農村部において絶対的に足りていないという現状があります。これは「草の根」のある国なら、どこでも似たような状況ではないでしょうか。
 せめてもう一件、出来れば二件と助成対象を増やしたいところですが、しかし年々日本のОDA予算は減っています。そこまで見通すことができれば、「出来の良いプロポーザルがありません」といって言って終わってしまってよいはずはありません。「インド政府の手続きはやたら時間がかかって不明瞭」と嘆くことは簡単で、事情を知る人には同情もされることでしょうが、しかし早め早めに計画を立てて先手を打ち、計画案も根気強く情報を引き出せば育て上げられる可能性は十分にあります。実はやるべきことは盛りだくさん。裨益者の厳しい生活に対してであれ日本のお役所事情に対してであれ、結局、どこまで見通して、その上で何をするか、ということのように思うのです。


●野呂総領事

 実は、こうした事に気づいたのは委嘱員として着任した一年目に一緒にお仕事をさせて頂いた、野呂元良総領事(現マラウイ大使)に大きな影響を受けています。大胆な意思決定と行動、そして熱意でもって館全体をぴりりとさせていた野呂さんですが、「草の根」に関しても大変な熱意を持たれていました。そして「常に予算を維持確保し増やしていけるように、実績を作っていく」という強い方針を持つ方でした。勢いがあるだけに、総領事館の最終意志決定者である彼の言動には、館内で最も「草の根」レベルにいる私はスリリングな一年でもありましたが、今振り替えると、彼の方針に従ってきてよかったのだと思っています。裨益者の現状を考えてみても、全く理に適っています。その結果、質に妥協することなく無理のない範囲で助成件数を増やしていくこと、これが初めて助成の側に立った私が二年間を通しての結論として考える、「草の根」とNGOとの関係であり、立場です。


●NGO的生き方

 ところで、コルカタ生活において仕事以外にも大切にしてきたことに、「マサヤンハウス」(第五話)の運営があります。運営、といっても何か特別なことはありません。私と連れ合いの「家」に関するイメージを実践するということです。我が家は誰でも大歓迎、出来れば下手でも手料理を囲んでのびのびおしゃべりしたい。そうしているうちに新たな構想や出会い、発見が生まれるのを楽しみます。
 実は最近また、素敵な友人が出来ました。彼女は近所に住む三十代前半の元気なベンガル人のお姉さん。自分の会社を作り、デザインや職人さんとのやりとりを一人で手がけながら、この地方の伝統工芸と折り合わせて彼女独自のセンスで次々と素敵な製品を作り出し、小規模に販売しています。伝統工芸・文化の良さを残したい、こんな素敵な職人やアーティストの作品と技術を人に伝えたい、そして、自然にも人にも文化にも優しく、社会にとって何かいいことをしなくてはやる甲斐がない、そんな素朴な感情から動いている人です。今まで散々私が仕事やプライベートで意識的に関わってきた「NGО/NPО」や「フェアトレード」の理念もつきつめれば、まったく同じではないかと気づきます。当の本人はNGOのことなどについては詳しくなく、「コンセプトに関心はあるけどよく分からないのよね、むしろ教えて欲しい」と言います。
 「NGО」「開発」等の言葉にこだわらなくとも、こんなにものびのび「NGО的」な生き方が出来ることを目の当たりにして、私の中にとても新鮮な風が吹きました。


●何処まで見通すか

 こちらに来るまでは一緒くたに考えていましたが、日本のNGOとインドのNGOはひと括りにできない存在だということもだんだん分かってきました。そして「草の根」制度における委嘱員としての働く私と、そして業界は異なってもNGO的な生き方をしている彼女が、理想とする社会のイメージを共有できるという場合もあります。つまり活動形態は役割分担みたいなものであって、その役割や立場をきちんと理解することが出来ればあまり問題にならないということ。見通しているものが同じならば、何をしてもどんな立場にいても変わらないと言えるのではないのでしょうか。見通す範囲は広く、しっかり持っていたいものです。
 どんなキャリアでどんな肩書きを持とうとも、どんな活動形態も職業も万能ではないと思います。しかし当然、どこまで見通すかによって行動が変わってくる。こだわって関わり続けてきたNGOとインドですが、この二年間の生活を振り返って、そのように思います。そんなことを考えながら、帰国を意識した部屋の片づけや衣替えをする今日この頃です。


 

●御礼

 二年間に渡り連載をさせて頂きました「コルカタ満月記」ですが、今回が最終回となります。これまで読んで下さった方々、感想をお送りいただいた方々、また実際コルカタの我が家までいらっしゃった方々、本当に沢山の刺激を頂きました。心より感謝申し上げます。


  
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