コルカタ満月記 第12話
 〜 リレーする委嘱員 〜
○「草のみどり」(2008年8月)掲載
○中央大学父母連絡会 発行
上原若菜

●最終年度、始まる

 夕立が降ることも多くなり、コルカタの気温もすっと涼しくなることが増えてきました。コルカタの街でもう何度満月を見てきたでしょうか。覚悟はしていたけれど、やはり月日が流れるのはとてつもなく、早い。雨季のコルカタ、水浸しの街についてお伝えしたのは第四話でしたが、この季節がまたやってこようとしています。
 私の在コルカタ総領事館での「草の根」委嘱員としての仕事も今年度で二期目に入り、すでに数ヶ月が経とうとしています。昨年度後半から急ピッチで進めてきた二十年度支援案件の「仕込み作業」(第十一話)。「控え選手を作る気合で」(第八話)、「入り口を大切に」(第九話)、と方針を立てて取り組んできた結果が、まさにこの時期出てきています。今回は、この結果を確認しつつ、今期残された私の課題を考えます。



雨季突入。水の中で立ち往生する
車もよく見かけます。

大雨でも、陽気な人は陽気です。

視察に行ったある村の老人ホームの様子。
好奇心溢れるおばあちゃん達から
質問攻めに・・・

こちらも視察に行った、ある出産施設の様子。
産まれたばかりの赤ちゃんもいました。

週に一度、連れ合いは日本語を
勉強している主婦の皆さんのお手伝い。
皆さんとても熱心です。

 

●候補案件勢ぞろい

 怒涛の「仕込み」時期を経て、出揃った案件は全部で九件。案件の内容も児童労働、眼科病院、障害者施設、小学校、女性の職業訓練所、老人ホーム、巡回医療等と多様です。地域的にも、今まで極端に支援案件が少なかったジャルカンド州の案件がいくつか含まれているなど、全体的なバランスにも貢献できそうです。 
 六月中には同僚と手分けをして現地に出かけて行き、直接団体の活動や計画地の視察を終わらせます。約半年をかけて何十回と計画案を読み込み、質問をぶつけて団体と一緒に揉んできた案件たち。現地視察の段階にまで来ると、かなり隅々の計画まで頭に入っています。けれど、実際に見て感じるものとは少なからず相違はあるもの。実際足を運ぶと、文字で入っていた情報と目に入ってくる、あるいは全体から感じられる活動や村の雰囲気がバチバチっと噛み合ったり互いに補い合ったりしながら、私の中での最終的な理解とイメージを固めてくれます。この現地視察を経る頃には、案件に対して最終承認を出す東京の外務省に向けて書かねばならない推薦書を仕上げる準備も万端です。
 東京からの最終承認が下りるまで気は抜けませんが、自信を持って推薦できることが分かってくるにつけて、それまでの緊張感が安心感に変わってきます。模索しながらの一年目、この時期にはどんな案件が揃っているのだろう(あるいは揃えられるだろうか)と内心ドキドキしていたのですから。


●育ったのは

 「草の根」制度のある世界中の在外公館(大使館や総領事館)は、毎年度初めに東京から予算(最大支援可能件数)の割り当てを受けます。この予算はそれまでの支援実績を元に決められるので、前年度の支援件数は次年度に大きく影響します。幸い、今年度用意している案件数も割り当ても前年度よりもやや多め。「草の根」人員の許容量にも限りがあるのでやみくもに支援件数を増やしていくのも危険ですが、一、二件のペースで様子を見ながら実績を増やしていくのは望ましいことだと思います。今年度はそれが可能になったこと、また安心できる候補案件が揃ったことで、ほっと胸をなでおろすと同時に、小さな自信と誇りに繋がっていることに気付くのでした。
 これまで何度となく、団体から申請を受けた計画案を「育てる」という表現を使ってきました。けれどここにきて、私自身も団体に、あるいは計画案に育ててもらったのだとようやく気付くに至っています。


●移り変わる委嘱員

 さて、ほっとするのも束の間。次は、後任者に託すべき案件の仕込みや仕事の引継ぎを意識する時期です。「草の根」の委嘱員は、基本的に年度毎の契約を更新する形で二年間「草の根」業務の委嘱を受けます。特別な理由がある場合は三年目の更新もあり得ますが、基本的には二年で移り変わるポストです。
 インドにおける一年間の「草の根」業務の流れ(第八話)を考えてみると、一年目は前任者の手がけた案件の引継ぎと自分の二年目への支援案件の「仕込み」。二年目は仕込んだ案件の実現と後任者が取り組む案件の仕込み、というのが概観です。案件が建設物の場合、大抵は自分が一年目に仕込んだ案件の完成を見ることなく任期が切れることになります。せめて任期が三年あったら思うことはありますが、委嘱員の個人的な達成感のためにある制度ではありませんから、仕方がない。むしろ、前任から引継いだ案件に取り組むことで業務の流れと感触を掴み、自分の二年目あるいは後任者へのより質の高い引継ぎに向かうのだ、と前向きに捉えたいものです。


●どんなバトンが渡せるか

 団体からしてみても、案件の仕込みから完成までの過程で「草の根」の担当者が変わってしまうことは非常に不安なことのようです。思い入れや事情を理解してくれていた人がいなくなるという不安のようですが、現状の制度では避けられない。これを最小限に留めるためにも、委嘱員間での引き継ぎを責任もって行うことが必要だと感じています。
 後任者がいつコルカタ入り出来るのかも事情により異なるので、コルカタで顔を合わせて引継ぎが出来るとは限りません。そもそも、すぐに後任の「日本人」が決まる保証もありません。ですから、個人の委嘱員の感性や理解の仕方あるいは思い入れに依存することなく、誰がいつ読んでも納得できる記録としてどれだけ正確に残しておくことができるか。勝負どころが、ここにもありました。
 コルカタ総領事館の「草の根」委嘱員としては二代目の私。委嘱員として残された時間は、脈々と流れていくだろう「草の根」制度がより地域の人に信頼と安心を与えられるものになるよう、自分に蓄積された経験と事実をしっかりと託す準備をする期間になりそうです。まだまだ、最後まで気は抜けませんね。


●○● チャイでも飲んでよもやま話 3 ●○●

マサヤンハウス3より

 僕自身のものごとへの姿勢として、基本的にはいつも、上手くいかない想像ばかりを膨らませ、そのときどきの対応や言い訳を考えてみておきます。
 練習です。充分練習を積んでおくことで、「あとは野となれ山となれ」とやっと一歩、前を向いて歩き出せるのではないかと思います。事前に時間をかけろということではなくて、もちろん歩みを進めながらという場合もある。
 インド・コルカタで生活を送る決心をするときも、あれこれ色んなことを考えました。「草の根」のお仕事も、それに近いものがあるのかな。
 案件形成の際、不採択にする要素は探せばいくらでも見つかってしまうようですが、それはいろんな状況を想定して当てはめてみるということなのでしょう。そしてようやく確信を持つに到る。《粗探し》のような作業ではなくて、とてもクリエイティブな作業。
 彼女で二代目。領事館としての「草の根」経験の蓄積はいかにも薄く、また社会保障もほぼ皆無です。何をするにもいつも問題にぶち当たります。いかにも過渡期の制度を実感しつつ、仕事も生活も手探りです。
 想像を大きく超える困難に出くわしてはいませんが、ここへ来て一年、毎日のように仕事の話や在コルカタ日本国総領事館の様子などを聞き、また『コルカタ満月記』を読んでみたりしながら、家人としてそのように思います。
 そしてまた家人として、この生活をよりよくするために出来ることは何だろう。今晩の献立につい支配されがちな頭の片隅にも、こんな課題をひとつ、ちょこんと置いておくよう心がけたいと思います。

(2008年6月 主婦・妻、うえはらゆうき)

 
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