コルカタ満月記 第10話
 〜 こちら側の向こう際 〜
○「草のみどり」(2008年5月)掲載
○中央大学父母連絡会 発行
上原若菜

●新年度を控えて

 昨年の4月から、外部委嘱員という立場で外務省の「草の根・人間の安全保障無償資金協力」(以下、「草の根」)という、日本のODAをインドで活動するNGOなどに助成する仕事に携わっています。年度末のこの時期は、新年度支援案件の形成・選定にてんやわんや。職場である在コルカタ日本国総領事館(以下、「コルカタ総領事館」)の「草の根」窓口には、今年も約140件の計画案が送られて来ました。
 さぁ、この中から有力な支援候補案件を探し出そう、というのがこの時期の主な仕事ですが、なかなか一筋縄ではいかないものです。そこで今回はそんな苦戦の一端を、次回でそれをどう乗り越えようとしているのかを書いてみたいと思います。



来年度に向けての
計画案候補たち、勢揃い。

●お互いの背景

 その前に、「草の根」と申請団体との関係において、ドナー(資金の提供者)とNGOというそれぞれの立場を整理しておきたいと思います。
 インドで活躍するNGOの多くは、その活動資金源の大部分を個人や企業、あるいは政府からの寄付金・助成金から得ています。活動内容をみてみると、本来国や州政府が担ってもおかしくないような公共事業(飲料水の確保、公衆トイレ設置、病院、学校等々)も大変多いことに気付きますので、寄付金・助成金を資金源としている状況も理解できます。さらにそれが小規模の団体である場合、団体自体を存続させるという意味においても、一つ一つの助成金に重みが出てきます。それが行き過ぎると、ドナーに依存してしまう、あるいは言いなりになってしまうなどということも少なくありません。また、カリスマ性を持つある人が創設以来ずっとその団体を率いており、その人が団体の代名詞となって活動資金がついている、という場合も少なくありません。
 一方、ドナーである「草の根」も、助成金をただ送金すれば良いと言うものではありません。要請を受けた計画案に納得して助成を決定するので、計画通りに有効に活用してくれることを期待しています。
 ちなみに、連載の第4話では寄付・助成金などに頼らずに事業収入で活動している、経済的に自立したNGOを例に出しました。このような団体の活動はドラマチックでもあり、広く知られるようになってきた「フェアトレード」という概念にも上手く乗っているため、個人的には興味をそそられます。ですが、全体で見ればこうして事業収入を中心に成り立っているNGOの割合は少ないですし、寄付・助成金で成り立っている団体が多いことも、活動の性質からして自然だと思っています。こんなことを念頭に入れておくと、この後の話が分かりやすいのではないかと思います。



計画案を読み込む同僚。
いつもはお喋りでも、
読み始めると真剣です。
●「普通」大歓迎

 どの案件を「草の根」助成先とするかを一言で表すならば、しっくりくる説明があり、証明する書類があること、に尽きるように思います。もちろん、そもそも申請団体としての要件を満たしていることや実績があることは大前提です。その上で、なぜその場所で、その人たちに、その供与品目を、その方法で活用することが必要とされているのかといった正当性を、「普通に」説明できることが必要になります。「草の根」は、何かドラマチックな案件を第一義に探しているわけではありません。また、地域も課題の内容も異なる案件の中で、どれが最も深刻かを図る絶対的な指標も持ち合わせていません。だからこそ、しっくりくる説明が欠かせないのです。小規模でも、地域の人と一緒に生活を改善しようとして出てきた案件は、大抵そういう説明が出来る準備が出来ているものです。


●実際の選定過程

 ところが約140件の計画案の中で、多くの案件が「普通」の説明で躓いてしまいます。その躓きの原因が、正当性はあるのだけれど上手く表現出来ないだけなのか、それとも実は正当性も何も無くただ建物を建てて資産を増やしたいだけなのか、などを確認するために、また上手く正当性を表現出来ないだけならばその説明を引き出すために、申請団体と私たちの間で地道な質問・確認のやりとりが続きます。そうして、まずはコルカタ総領事館が納得できて初めて、最終承認を出す東京の外務省の担当課に案件を推薦します。これが、公的なお金を扱う「草の根」が辿るプロセスです。

 


「オリッサ州からですね、
はい、ちゃんと計画案は
受領しています。
結果はもうしばらく
お待ちくださいね・・・」

●苦戦その一

 さて、地道な質問・確認の過程で直面する、三大苦戦を挙げてみたいと思います。
 一つ目は、言語。コルカタ総領事館が担当しているインド東部の4州は、面積にして日本の島々全てがすっぽり収まってしまうまでの広さがありますが、人々が話す言葉も多様で、主なもので英語、ベンガル語、ヒンディー語、オリッサ語があります。さらに地域独自の言語も数えたらすごい数になるはずです。「草の根」申請書は英語で記入することになっていますから、団体も英語を解すことが前提条件。ですが、質問をしたくて電話をかけると、団体や担当者によっては、想像以上に英語を不得意としていることが分かったりするものです。前述の「普通な」説明を出来ない理由が、単純に上手く英語で表現出来ないだけだった、という団体にも多々遭遇しました。

 

●苦戦その二

 二つ目は、通信手段。申請団体の中には、未だにタイプライターで計画案を書き上げる(打ち上げる?)団体もあるのですが、この「未だに」というこちらの感覚すら、団体によっては理解に苦しむようです。逆に私も「未だに」と思ってしまう自分の先入観に直面することになります。
 とはいえ、実際仕事を進める上で、後で振り返ったり、同僚と協議したりする際にはどうしても質問に対する回答や追加説明などを記録しておく必要があります。なので口頭の説明だけというわけにはいきませんし、何度も繰り返される計画案改定作業においては、Eメールでのやりとりが有効になります。地理的にも離れている団体の場合は尚のこと。ですが、インターネットの整備自体が無い地域、あってもインターネットを使えるスタッフがいない団体、メールアドレスを持っていても常時確認をする習慣がないなど、なかなかすんなりとはいかないもので、改めて「草の根」の限界を知るのです。「草の根」にもドナーとして譲れない部分がありますが、同時にインドの村のどんな環境にある案件も支援できるわけではないことを痛感するのです。



あるNGOの、女性の麻マット
訓練兼生産センター建設中。

●苦戦その三

 三つ目は、誰が団体側の窓口として出てくるかに係ります。窓口人の代表的な例として、団体創設者や事務局長などがいます。先にも述べましたが、こういった立場にあり、かつカリスマ的な人が、活動の隅々までの指揮をとっている団体に多く出会います。
 日本の企業や自治体などに問合せをしたり何か企画を進めたりする場合、細かく具体的な事項になればなるほど、担当者レベルで話を詰めていくもの。私の感覚でいえば、問合せ電話がいきなり社長さんや市長さんに電話がつながったり、提出書類の不備の訂正依頼に対応したりするようなことはあまり想像できません。「草の根」計画書を廻るやりとりも、私たち委嘱員と団体側の担当者間のやりとりが不可欠なのですが、ここに彼らが大きな影響力を出してくることも往々にしてあるのです。
 「草の根」の場合、助成が決定してからもその助成金が計画通り使われたのかに大変注意を払いますので、彼らがどんなに雄弁だとしても、実際計画案を書いている担当者にこちらの意図が伝わらず、また隅々まで具体的なところが明確にならなければ実施までスムーズにいくという判断には至ることができません。
 また、計画案作成を請け負っている外部のコンサルタントという場合も要注意です。団体の職員とメールでのやり取りをしていると思いきや、彼らの契約しているコンサルタントが代筆をしていることも少なからずあります。こうした人が手がける計画案は、見事な構成力で私たちにとってはとても読みやすいものですが、そのコンサルタントが手がけた計画案で助成金を得た後に、実施の段階でつじつまが合わない、なんてことが発覚することもあり得るからです。コンサルタントの存在に異議はないですが、フリーランスのコンサルタントが複数団体の計画書を手がけ、全く同じ内容の計画案を申請してくる時などは、そのコンサルタントや団体に対して、その独自性や誠意を疑わざるを得ませんよね。



壁に、活動地域を示す地図。19年度に助成を受けたNGOのオフィスにて。




「プラスチックは1キロ集めて
1ルピー(約3円)だよ。」
コルカタ市内の
ゴミ収集人が集まるスラムにて。

●こちら側の向こう際

 しかしながら改めて、「普通な」説明をすることの難しさを感じています。ましてや、現実問題に直面している当事者と共にいる(はずの)申請団体が、外部の人に客観的な説明をする、しかも日本人という異文化の人を意識して詳細な説明をするなんて、相当な力仕事だと察します。私が実際申請側になったら完璧な計画案を書けるかと自問してみても、大変苦戦することでしょう。
 こうして日々苦戦していると、都度々々自分が「先進国のドナー」側の人間であることを再認識せざるにはいられません。仕事としてドナー側の論理があり、通さねばならない筋があり、超えられない一線がある。それでも、それをただ主張してばかりでは、求める助成案件は出てこないことも分かってきました。こちら側にいながらも、向こう側に近いギリギリの際に立ちたい。果たしてそんなことが、可能なのかどうか。次回は、このことへの挑戦を、「草の根」2年目に向けての抱負と共に書きたいと思っています。


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