コルカタ満月記 第9話
 〜 「申請書育て」の勝負どころ 〜
○「草のみどり」(2008年2月)掲載
○中央大学父母連絡会 発行
上原若菜

前回の内容

 平成19年4月から「委嘱員」という立場で携わっている、「草の根・人間の安全保障無償資金協力」(以下、「草の根」)という、日本のODAをインドで活動するNGOなどに助成する仕事について、私にとっての「インド」や「NGO」についての思いなどにも触れながら書いてきました。


●今が勝負どころ

 前回、秋から春までの期間が今私が置かれているコルカタ総領事館管轄分の「草の根」の勝負どころ、と書きましたが、それはつまり「申請書を育てる」作業に本腰を入れる、ということになります(平成19年6月発行の『草のみどり』、第二話を参照のこと)。
 この「育った」という状況は、日本生まれの「草の根」という助成の枠組みに隅々まで合致した、という意味でもあります。「育てる」という言葉だと、まるで計画自体が生まれ変わったように良くなるというイメージをもたれるかも知れませんが、そうではないのです。
 「草の根」を必要とする人々は事実たくさんいます。そういった中で、途中で約束事がこじれて中止せざるを得なくなってしまうことほど不幸なことはありません。ですので、事前にお互いがマッチした相手なのかを見極める、とても大切な作業なのです。



計画案を読み込む同僚。
いつもはお喋りでも、
読み始めると真剣です。
●「申請書を育てる」ということ

 具体例を出した方が分かりやすいかもしれません。今回は「申請書」ではなく、より実態に近い「計画案」という表現を使いたいと思います。
 例えば、先日児童労働という問題に取り組んでいるNGOがこんな計画案を提出してくれました。草の根はハード支援(構築物の建設や機材の購入に対して助成すること)なので、「文字も知らない児童労働に従事する子どもが学校に入学できるように、寄宿舎付きの準備学校を建設したい」という内容です。とても理に適っています。
 さてしかし、ここでさらに重要になってくるのは、例えば次のような点です。

・団体としての「児童労働」の定義は何なのか
・施設の大きさには限りがある中で、受け入れる子どもをどう選定するのか
・そもそも子どもが児童労働に従事していた背景をどう捉えているのか
・その団体の施設を出て学校に入学したとしても、すぐまた児童労働に戻ってしまわないのか
・それをどうケアし、起こった場合にどのように改善していくつもりなのか
・類似の経験・実績はあるのか

などなど。ハコモノ支援の「草の根」ではありますが、そのハコがどのように活用されてどんな効果を生む計画なのかという説明が、当然必要になってきます。
 こういった細かな質問に逐一きっかり返答を返してくれる団体であれば、「しっかり計画されているのだな、信頼できそうだな」と組織力の評価につなげても良いと思います。そして、計画案にもどんどん追加で盛り込んでもらいます(これぞまさに「育て」作業!)。
 申請に当たって、添付書類や証明書類、見積もりの妥当性といったことも、もちろん前提条件として重要ですが、どんどん団体と連絡をとることで得られる情報も有力です。



あるNGOの
女性の職業訓練所の様子。

●息切れしそうな現実問題

 一年やってみて直面してきた課題の一つに、受領件数があまりに多く、目を通すだけでも相当な時間がかかるということがあります。
 実は私が着任する前年度までは、今年ほど全体の件数も「草の根」向きの案件数も多くありませんでした。そこでより良い案件を発掘するためにも全体の受領件数を増やしてみることが試みられたようです。説明会などを各地で開催した結果、今年のように大量の計画案が届くようになりました。これは一つの成果ではありますが、申請数が増えても、有望な案件の数にはさほど変化がなかったというのが実感です。つまり「そもそも草の根の性格とマッチしていない、趣旨を理解しているとは思えない」ものが多いという現状なのです。
 さらに、前年度から開始している案件の中間報告や終了の時期がやってくれば、その時期々々で後回しに出来ない仕事も続いてきます。すると、一番神経も時間もかけなくてはならない「計画案育て」に充てられる時間が相対的に少なくなってしまうのです。これは本当に何とかしなければなりません。

 


来年度に向けての
計画案候補たち、勢揃い。

●入り口を丁寧に

 「草の根」申請に当たって、事前に団体が読むべき書類が3つあります。「草の根」の決まりや助成対象について細かく説明したガイドライン。きめ細かに団体の計画を記入すべく用意された「申請書フォーマット(これが計画案の土台となります)」。そして、そのフォーマットの記入例や必須な添付書類をまとめた手引き。これらの書類はぬかりなくあらゆる観点で説明がしてあります。
 これまで団体からの問い合わせが合った際には、「これらを熟読してください、そして正式に提出してください、そこからこちらの読み込み・検討が始まりますので」という態度をとってきていました。
 ですが、例えば保険に入る時に約款など隅々まで読んでから加入する人がほとんどいないように、「草の根」ガイドラインを一字一句読み込んでから応募する団体も非常に稀だというのが現状なのかもしれません。結果、そうした団体はやむなく「不採択」なる書簡を受けとることになるのです。
 これではいらぬ労力が増えるばかりです。そこで現在は具体的にどうしているのかというと、「必要書類下さい」と問い合わせをしてくれた団体に、とりわけ重要な部分の説明を丁寧にしたり、すでに計画案がある場合はその趣旨を聞いたりして、そもそも「草の根」の性格に合っているかどうか助言するようにしています。その上でガイドラインなどのことについて促します。
 ひとクセもふたクセもあるインドという国ですから、これくらい丁寧にやるくらいがちょうどよいのかもしれません。あるいは「完璧なガイドラインにちゃんと書いてあるでしょ」という態度は、いかにも日本人的すぎていると言えるのかもしれません。
 こうして「入り口」を丁寧にすることは、その後に実際送られてくる計画案の質や量に反映されてくるのだと期待しています。総合的に見てどちらが効率的か、それは春になってみるまで分かりませんが(笑)。
 しかしいずれにしても、このための質問項目や最低限共通に確認しておきたいポイントは、整理して記録していきたいとも思っています。この記録が、「草の根」委嘱員のノウハウとして、来年の私、更には後任者にとっても貴重な財産になればいいですね。

 


「オリッサ州からですね、
はい、ちゃんと計画案は
受領しています。
結果はもうしばらく
お待ちくださいね・・・」

●「育てる」作業へ!

 理想としては、なるべく早い段階で、そしてより多くの団体の現地訪問に出かけたいところです。ただ現実的には、予算、日程、人数的にも限界があり、ある程度書面(計画案)の段階で絞ってからの訪問になってしまいます(これが制度的に理想的かどうかはまた別に議論が必要ですが)。
 今、私の目の前に、来年度に向けてどんどん新しい計画案が送られてきています。ここからテンポ良く「草の根スキームに当てはまる案件」を見つけ出し、さらに「より整合性の取れた案件」にすべく質問を投げかけてその団体と一緒に計画案の完成度を高めるために「育てて」いけるか。今の立場で担っている役割と責任をとことんやっていきたいと思っています。



「新年! 気を引き締め直して。
クリスマス飾りの残る街角で。」

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