コルカタ満月記 第8話
 〜 インドにおける「草の根無償」 〜
○「草のみどり」(2008年1月)掲載
○中央大学父母連絡会 発行
上原若菜

前回の内容

 この4月から、「草の根・人間の安全保障無償資金協力」(以下、「草の根無償」)という、日本のODAをインドで活動するNGOなどに助成する仕事に「委嘱員」という立場で携わっています。
 これまでは、私にとっての「インド」や「NGO」について、自分の仕事について、そしてこちらでの生活を通して考えていることなどについて書いてきました。


●「草の根無償」は一通りではない

 先日まで10日間程の休暇を取って、連れ合いと共にネパールやインドのラジャスタン州など、友人や縁の土地を訪ねる旅に出ていました。
 旅の途中、ネパールとインドのデリーで同じ「草の根無償」委嘱員として働いている方々にも会え、色々とお互いの状況を共有する良い機会ともなりました。それぞれ、日本のNGOで活躍されてきてネパール語も使いこなす方、そして青年海外協力隊員を経て現在博士課程を休学して来ている方、と何とも頼もしいお二人でした。各大使館、総領事館で担当する人数や取り扱う案件数(予算規模)など、「草の根無償」を取り巻く状況が異なっていることも印象的でした。
 とはいえ、外務省の「草の根無償」という共通の助成制度の中で機能している仕事です。最近私が思いを巡らせている事を相談してみると、やはりすぐに話が通じるのが嬉しい。今回は、他の委嘱員とも意見を交わした「考えどころ」と私の中での現在の着地点を整理したいと思います。



●量と質

 「各館での案件育成→東京の外務省に推薦→最終承認→助成実施→フォローアップ」、これが「草の根無償」の一連の流れです。「考えどころ」というのは、この流れに、一体どれだけの案件数を取り扱うことができるか、ということです。
 途上国開発に関わっていればすぐに感じ取れることですが、インド国内だけでも、支援を望む人々が非常に多く存在し、そのニーズは日本のODAだけではもちろんとてもカバーできないほどです。
 だからといって、ただ助成案件数を増やせば良いというものでもありません。管理能力に欠ける団体に助成すべきではありませんし、支援件数が多すぎても、こちらからのフォローアップが疎かになってしまいます。
 領事館内の「草の根無償」の人員体制を変えることも容易なことではないので、現状では「質」重視で、無理のない範囲で優良案件を少しずつ増やしていく方針を採っていくべきだと、私個人は考えています。ですがそのためには、次の条件を考慮しておく必要があります。


●条件その1:インドの仕組みの問題

 インドには「外国貢献規制法」というものがあります。外国からインド国籍の団体に資金協力を行う場合、インド政府に事前に許可を受けておかなければならないというものです。しかしこれがクセモノで、許可が下りるまで、なんと最大約半年待たなくてはならないのです。
 インド政府の許可が下りて初めて東京に最終承認のための申請ができるので、現地訪問やその他の手続きなどに要する時間とマンパワーを考えると、本省が設定する各年度の申請締切日よりも、相当前もって案件の目星をつける必要が出てくるのです。

 

 

●条件その2:日本の仕組みの問題

 毎年度、各館で助成できる案件数の上限(予算規模)が本省から通知されます。この上限は、前年までの実績に基づいて算出されるので、案件選定に慎重になりすぎると、先のインドの仕組みの問題もあって手続きが遅れ、支援件数の枠が縮小しすぎてしまう恐れがあります。
 そして一度縮小してしまうと、実績がなくなってしまうわけですから、その後枠を増やすのはそう簡単なことではありません。しかもインドの場合、支援件数は各館毎年度約5〜10件と少数なので、一件の増減にも重みがあります。

 

●「控え選手案件」をつくる

 本省から予算規模が通知されるのは春先です。そして、その年度内に予算消化するためには、春先の通知から十月いっぱいくらいまでに、案件を本省に推薦する必要があります。
 また、先に述べたように、インド政府の許可が下りるまで最大半年待たなければならないので、例えば、平成20年度の案件実績としたい場合には、19年度中にインド政府への許可申請をしなくてはなりません。
 つまりは、本省に推薦の出来なくなる(推薦しても次年度以降の案件として扱われてしまう)十一月から、予算規模通知のある春先までの期間が「草の根無償」の勝負どころと言えます。それまでの実績と次年度以降の「草の根無償」体制のキャパシティを見据えた上で、いかに「質を伴う案件」を育てるかということです。
 現在私たちコルカタ総領事館の担当者レベルでは、各年度の助成可能件数よりも多くの案件をこの期間内に準備しておく方針に切り替えました。つまり、次年度への「控え選手案件」として温めておくのです。
 とはいえ、「小額でタイムリーな支援」が特徴の一つである「草の根無償」なので、「控え選手団体」にとって、2年近く先の助成がタイムリーといえるのかどうかという疑問は残りますが、現在の条件下では、これがベストだと思います。


●「控え選手」をどう捉えるか

 この「控え選手」を巡っては、おそらく館によって、あるいは担当者によって捉え方は様々だと思います。その理由の一つには、先に述べたタイムリーさに関するジレンマがあります。
 NGOなどの申請団体(ひいては裨益者)の立場に立てば、助成確定までに相当な時間「次年度候補には上がっているが確約は出来ない」状態で待たされることになります。これは、当団体の年間計画や現在の物価上昇傾向を考えてもあまり感謝されません。これには、団体からの申請時に、助成のタイミングと枠組みについてきちんと説明し、団体の計画に反映させるよう促すことで、積極的に対応していきたいと考えています。
 もう一つには、委嘱員個人として、意欲をもって応募した任期付のポストにも関わらず、前年度中に助成案件が決定されてしまうことがあります。「控え選手案件」を作れば作るほど、委嘱員としての任期中に「自分が一から手がけて完成を見届けることができる案件」が限られてしまうことになります。
 ただ、より大きな視点に立てば、やはり「控え選手案件」をある程度準備されていることは有効だと思っています。安定した助成予算枠を確保し、無理のない範囲で拡大していくよう努めることは、ODAの「草の根無償」としても理にかなっています。
 もちろん、「無理のない範囲で拡大」はそう簡単ではありません。実際、質を伴いつつ量を拡大するということが一筋縄ではいかないということを、この8ヶ月間で身にしみて感じてきています。けれど、だからこそ取り組みがいがあるというもの。大きな流れとインドにおける「草の根無償」実施の構造が見えてきた今だからこそ、私が担い手として大きく関われる来年度、そして自分の後任者の担う年度以降のことも見据えた仕事を、心がけていきたいと思っています。


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