コルカタ満月記 第7話
 〜 病床の大反省 〜
○「草のみどり」(2007年12月)掲載
○中央大学父母連絡会 発行
上原若菜

前回の内容

 この4月から、「草の根・人間の安全保障無償資金協力」(以下、「草の根」)という、日本のODAをインドで活動するNGOなどに助成する仕事に、「委嘱員」という立場で携わっています。
これまでは、私にとっての「インド」や「NGO」について、私の仕事について、そしてこちらでの生活を通して考えていることなどについて書いてきました。


●窓の外にはトンビ

 この原稿を執筆している9月、なんと生まれて初めて入院を経験してしまいました。元々、とりわけ体力に自信があるという訳ではないのですが、ただ、これまで海外でも日本でも大きな病気もなく元気に過ごしてきたので、過信していたのかもしれません。自分の身体が出していたはずの危険信号に気づくことができず、結局2週間近く寝込んでしまいました。
 それ自体、私にとって大変衝撃的な出来事だったのですが、またさらに、ここで自分が働いている意味を改めて考える機会となりました。病院の窓の外を眺めて過ごすこと1週間。今回は、そんな日々での反省を書きたいと思います。



入院直前。
大家のおばちゃんも体温計を
持ってやってきてくれました。

●病気の経過

 8月は私の勤務先である在コルカタ日本国総領事館全体が忙しい時期でした。また日本から我が家へのお客さんも迎え、私的なイベントも続いていました。保育園の頃から「3つ以上イベントが続くと熱を出す」というのが私の定番。今回、高熱で倒れた病床で、そんなことを思い出していたのですが、おそらく、私が考えていたより、身体は疲れていたのですね。
 9月は「草の根」の業務が立て込んでいました。上旬のある日、いつもどおり出勤したものの、頭がボーっとしてどうしようもなく、お昼前には早退してきてしまいました。その時から39度代の熱の日々が続き、上司の勧めで受けた血液検査の結果が出ると、すぐ入院が決まってしまったのです。その頃には熱は微熱ほどにまで下がっていたのですが、血液中の白血球や血小板の数値が異常に低く、安静のための入院でした。症状はデング熱のものに似ているようでした。結局特効薬がないので自分の治癒力と体力で回復するしかありません。丸々1週間の入院を経て、やっと退院した日にはやけに外の光が眩しかったのをよく覚えています。





スティーブ教授と共に10人の
中大生がコルカタに来ました!
総領事館の仕事内容を学ぶ会。

●「まずは元気に」

 在コルカタ日本国総領事館では日常、「草の根」の業務に主に関わるのは、私とインド人の同僚の二人です。助成先団体の計画実施に関する中間モニタリング、申請団体への事務連絡・質疑応答、資料整理など、この二人でほぼ全ての「草の根」の業務をおこなっています。
 職場に出られない間中、途中になっている仕事や、同僚や上司と話し合うべき事項など、大小数々の仕事が気がかりでなりませんでした。早く出勤したいと焦る一方で、そう簡単には良くならない身体がとてももどかしく、回転しない頭でぐるぐる考えても、仕事が進むわけでもありません。
 同僚は「まずは治すことに専念して」と優しい言葉をかけてくれます。ただ、彼女にも焦りと不安はあったはずです。上司に上げる前の最終的な確認事項、日本語の資料との整合性の確認、和風な上司とのコミュニケーション、仕事の絶対量が増えることで遅れる助成先・申請団体への対応、等々。私が置かれている「ただ一人の日本人の草の根担当者」不在による不都合と影響の大きさを考えると、「治すことに専念してね」に込められた思いは、「優しさ」以上のものがあったと思います。仕事をどんどん進めたいけれど、休まなければならない。このジレンマの中で、私には「休む勇気、立ち止まる勇気」もまた一方で必要でした。



モンスーン季にはこのように
街は水浸しになることも。
子供たちの通学も大変です。
体調維持のためには要注意です。



溜まった雨で、
マンホールも見えません。
竹を指して場所を知らせています。





近所のあちらこちらに
立ち始めたやぐら。
そろそろ街をあげての
大祭りのシーズンだというのに。




入院中。
こんなにグッタリ過ごしたのは
初めてでした。
●日本からきて働くということ

 インドを含め途上国にあえて日本人がやってきてこの「草の根」の仕事をする、ということとは、一体どういうことでしょう。
制度と予算の枠組みは日本のものです。やはり日本人の担当者がいることで物事が上手く流れることがあります。実際の仕事は地味で地道なものばかりですが、確実に人々の生活に影響をもたらします。裨益者の人数からも、影響力は小さくありません。
 ましてや、私の「委嘱員」という立場は、契約に基づいて委託された仕事に特化するものです。いつでも誰とでも代替可能な立場ではありません。業務内容や接する人々の特殊性、そして個性の強いインドのNGOの様子を考えれば単純に納得が出来ます
 福利厚生も公務員とは異なります。体調管理も仕事の質も、多くは自分の責任でバランスを取り、それなりのことをやっていかなくてはならないのですよね。全ての自己管理をひっくるめて「委嘱」されている存在だということです。着任して半年が経ったこの時期に、今更ながら痛感したでした。
 人と上手く付き合い関係を築いていく、現地語も使え、地元の人々ともコミュニケーションが取れる、そんな個人の特技へは誇りも持っています。けれどそれらは、本来私がすべき、あるいは求められている仕事にプラスアルファされる、いわば《貴重な》二次的能力です。これを仕事上で生かすために大前提になることが、こんなにもあるのです。今回の入院で、私は今更ながらそう身をもって痛感し、周囲の人の協力に感謝しながらも、悔しさと、情けなさで一杯になったのでした。
 ですがくよくよしていてもしょうがありません。今回は良い機会を得た、そう言ってまた気を締めて、まずは元気に仕事に取り組んでいくことが大事なのだと思っています。


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