コルカタ満月記 第2話
 〜 「草の根」のお仕事紹介 〜
○「草のみどり」(2007年6月)掲載
○中央大学父母連絡会 発行
上原若菜

前回の内容

 この4月から、インドのコルカタという街で働き始めました。先月のテーマは、私にとって因縁の深い「インド」との出会いについて、また私にとっての「NGO」についてでした。今回は、仕事の内容に触れたいと思います。


おやじの鼻歌

 4月、5月はひたすらデスクワークが続きます。何をしているのかは後述しますが、そんな毎日に良い刺激を与えてくれるのが、領事館と自宅の行き帰りの「歩き」です。私は地下鉄で出勤していますが、自宅から最寄り駅まで歩いて15分。10分電車に揺られ、下車駅から領事館までまた15分歩きます。この片道30分の間に、市場、路地裏、ごみ集積所など色々な生活現場を通り過ぎ、たくさんの発見に出会います。例えば、強面のおじさんとすれ違う瞬間、彼からポップな鼻歌が聞こえてきたり、自転車の両ハンドルにフワフワした大きな綿飴をぶら下げた青年がいるなと思ったら、足を括られて中吊りの何十羽もの鶏だったり。市場では、一度野菜を買ったことがあるおばちゃんが手を振ってくれたり、と嬉しい発見もあります。
 こんな時、自分の思い込みや偏見の存在に気づき、はっとするのです。歩きの中で発見する光景は、彼らにとっての日常そのもの。でも、私はそれを知りません。知らないことがまだまだあること、でもそれを感じたいと願う感覚を忘れないでいたい。仕事に関しても、同じ願いを持っています。


「草の根」概要

 さて、私が所属するのは「草の根・人間の安全保障無償資金協力」(以下「草の根」)を担当する部署。その内容を簡単にまとめます。

● 目的・・途上国の被益者が、人間の基本的ニーズを満たせるようになること
● 支援手段・・・無償資金援助(日本のODAの一部で、各案件上限約1,000万円で単年度の資金援助をする)
● 助成対象・・・途上国の「草の根」レベルで活動する非営利団体 (NGOなど)
● 対象案件・・・建物、機材の建設・整備が基本(ただ、これらを有効活用する活動内容も詳細に計画されている必要あり)
● 窓口・・・インドの場合、日本大使館と日本総領事館の計4館で、インドの全州を4つに分けて担当(各館に担当官一人と、「草の根」を専門に扱う委嘱員が、日本人・インド人各一人ずついる)

 西ベンガル、オリッサ、ビハール、ジャルカンドの4州を管轄する在コルカタ日本総領事館では、1992年の実施以来、51案件を支援しており、私は委嘱員としてここに勤務しています。ここで働いているのは日本人、現地のインド人職員合わせて20名ほど。そのうち「草の根」は、私の同僚のデボットリさん(NGO暦11年のベテラン女性!)、そして日本人担当官の上司が一人の、3人体制です。


まずはランク付け

 具体的にはどんな仕事をするのでしょうか。「草の根」では、助成先の団体と案件を選定し、東京にある外務省の承認を経て契約を締結。その実施を見守って、終了後には評価をするという一連の流れを担います。そのために必要な諸務を私と同僚のデボットリが担うわけです。
 この4月、5月は、まずは申請団体から送られてきた約140件(昨年の約1.5倍!)もの分厚い申請書に目を通す日々。ですが、「草の根」予算の問題もあり、毎年最終的に助成できるのは5件ほどです。どの団体を支援すべきか、まずは優先順位をつけていきます。この作業は非常に地道で、かつ重みのある作業です。要約を作りながらAからDの4段階にランク分けをして、優先順位をつけます。




申請書を育てていく

 Bと、Cの一部が「優良案件」として今後時間をじっくりかけてやり取りを重ねていく案件です。Aは本省に承認をもらう際の完成状態のものを指すので、団体から申請書を受け取った最初の段階ではなかなかA案件というものはありません。逆に、Dは様々な理由で対象外の案件で、これが予想以上に多い!
ですが、一番難しいのはC案件。現段階では「不採択案件」ですが、ニーズの説明がきっちりされているものについては、団体と連絡を取り始めます。電話や質問状でやりとりをしながら必要情報をそろえていけば、何とかBの段階に成長するかもしれません。
 このやり取りはとても意味のあることだと思います。「草の根」としてもより良い申請を採択できる可能性が膨らむことになりますし、申請団体にとっても、例え本年度に採択されなかったとしても、来年度以降の申請に役立つかもしれません。こういったやり取りを『申請書を育てていく』と、私たちは呼んでいます。


行間をいかに読むか、読まないか

 先述したとおり、「草の根」の対象案件は、よく批判されるハコモノ・インフラ整備が前提です。目に見えるものを作って日本の支援を明示する効果はありますが、私はこれを知ったとき、「わ!やっぱり日本のODAはハコモノ支援なのか」と苦笑しました。けれどここに来て「草の根」の趣旨を知り、また同僚や申請団体と話していて思うことは、インフラはやっぱり必要とされているものなのだということ。申請書を読めば読むほど、少なくとも「草の根」レベルではハコモノも必要とされていることを知るのです。重要なのはそのハコがどのように持続的に活用されていくのか、しっかり計画されていることです。
 また、寄せられる案件の分野は様々で、水と衛生・女性の収入向上・初等教育・環境保護・障害者など多岐に渡ります。これらの分野間に優先順位は付けられていません。もちろん、最終的な助成先は、団体の資金力や組織力も考慮された上で決定されますが、どの案件が助成対象になるかというのは、いかにその団体が地域のニーズを詳細に把握し、それを論理的に申請内容に関連付けて説明しているか、にかかっているのです。
 とはいうものの、何通も目を通していると、申請書に書かれている「申請品目」がどんな用途で、どんな人たちが必要としているのか、と何かしら想像できてきてしまいます。けれど、確実な情報を得るまでは行間は自分で埋めません。じっくり腰を据えて、その申請団体と一緒に埋めていきたいと思うからです。これは根気がいるし、とても難しい。
 この仕事は申請書との真剣勝負。私たちは、あくまで行間を読んではいけません。でも最近は、感じなければいけないのだと思うようになりました。毎日の歩きの中ですら、私の思い込みは次々と覆されているくらいです。人の生活と尊厳がかかっている申請案件の申請書。その一行一行の裏側に、私の知らない事実が無数にあるような気がします。思いを馳せながら、想像しながら読みます。そうすることで各案件の可能性を感じることができるから。こんな私の修行が、今このコルカタの地で始まりました。






※「コルカタ満月記」での記述は筆者の意見であり、外務省やコルカタ総領事館の意見を表しているわけではありません。


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