上原若菜


 中央大学法学部政治学科在学中には、南アジアの国際関係や市民社会にまつわることを中心に学ぶと同時に、国内外の団体にてインターンやアルバイトをしながらNGO活動について考えてきました。※
 卒業後は、東京でしばしの会社員生活を経て2007年4月以降、在コルカタ日本国総領事館「草の根・人間の安全保障無償資金協力」外部委嘱員として、NGO活動に「助成をする」立場に立ち、2年間の修行中。

ヒンディー語の向上とベンガル語の習得が目下の課題です。





















※インターン・アルバイト先:
●北欧系NGO「Humana People to People」:アメリカで半年の研修後にインド農村部で半年間、南アフリカで2ヶ月間初頭教育とHIV/AIDS関連の活動に携わる
●インドのNGO「PRAYAS」:リソースマネージメント・ユニットで資金調達アシスタント
●(特活)シャプラニール=市民による海外協力の会:「日産ラーニング奨学金制度」インターン
●北米系人事コンサル企業「AMT Group KK.」:マーケティングアシスタント
●「ほっとけない世界のまずしさ」キャンペーン事務局スタッフ




うえはらゆうき


 早稲田大学理工学部建築学科在学中はコメディ劇団にも所属。同大学院理工学研究科で都市計画を専攻し、その頃から研究調査活動、自主活動の両面から、農山村の地域づくりなどに関わりはじめる。同研究科博士後期過程中退後はシャプラニール=市民による海外協力の会の海外活動グループにてインターン。2007年6月までは、地域協同組合無茶々園(むちゃちゃえん)にて事務局職員として暮らし、自身、初めて“住民”として町作りへの参加を経験した。
 2007年7月、上原若菜の仕事に伴って、インド・コルカタに主婦として暮らし始める。その中で、絵を描いたり文章にしたり、唄を作ることを通じて、市民参加を模索してきています。





マサヤンハウス3


 愛媛県の片田舎、狩浜というところにマサヤンハウスと呼ばれる場所があります。マサヤンハウス通り(マサヤンハウスの前の道を、勝手にそう呼んでいます)を歩くのは毎日の愉しみでした。
 かの家へ続くこの道を、お昼の休憩に食事をとるために海の様子を覗き込みながら帰っていると、陽気な笑い声や歌が聴こえてきます。中の彼らと目が合えば、「ホイ!」と挨拶の手振りで笑顔を交わします。夜な夜なみんなで集まれば、ギターと手拍子とお酒、あと「スケベダンス」と呼び合う変な踊りで、夜空の星と一緒に遅くまで歌っています。とても愉快で、とても素敵な場所なんです。
 このマサヤンハウスに直接、間接に影響を受けた人々が、自分のところで“マサヤンハウス”をはじめているようです。現在は東京の品川区にはマサヤンハウス2が、鎌倉にはマサヤンハウス4があります。そして準備を進めていたマサヤンハウス3を、私たちもはじめました。
 “マサヤンハウス”は私たちが暮らす住居であるとともに、私たちの暮らし様を振り返るためアドバイスをくれるよき友人です。よろしければ、お立ち寄りください。


(マサヤンハウス3 見取図)
1.ゲストルーム
2.寝室
3.リビングだんだん
4.シャワールーム
5.シャワールーム
6.複合部屋

見取り図をクリックすると、白黒ですが、大きいもの(1.3MB)がご覧になれます。




おしながき


 目の前の料理が美味しいか不味いか、それだけでなく、「食事」には大切なことがたくさんあるように思います。どんな人々とのどんな雰囲気をイメージするか、それによっては調理や片付け、普段のお掃除、洋服選びだって「食事」と言えなくない、かもしれません。
 マサヤンハウス3では、立ち入り禁止の人などなく、一人もなく、みんなで囲んで、楽しく食したい。それが夢です。









★定番メニュー
 ・野菜のダール
 ・野菜の炒め物
 ・塩スープ
 ・ドロリー(黄色、グリーン、グレー)
 ・コルカタマーケット素材のパスタ
 ・サブーミルク

★たまにメニュー
 ・エビや鶏肉を使ったスープカレー
 ・餃子
 ・ふにゃふにゃ炒め
 ・苦炒め
 ・チャイナな朝ごはん(外食)

 ・トマトのおかゆ
 ・アチャール風















など  




梅音(うめお)

 2008年10月、ここコルカタで生まれた子です。『梅音』と書いて「うめお」と読みます。なんち屋メンバーとして点検中の仮メンバーですが、よろしくお願いします。



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