コルカタ満月記 第4話 〜 「助成」の位置づけ 〜 |
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○「草のみどり」(2007年8月)掲載 ○中央大学父母連絡会 発行 |
上原若菜 |
前回の内容 この4月から、インドのコルカタという街で働き始めました。日本のODAをインドで活動するNGOなどに助成する仕事に携わっています。これまでは、私にとっての「インド」や「NGO」について、そして仕事の具体的な内容や今の仕事への考え方について考えてきました。 |
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●モンスーン到来 インド東部に位置するコルカタでは、6月下旬から8月頃までモンスーンの時期となります。一度大雨となると、路上が川のようになり、溜まった水の逃げ場がなくて街中景色が一転して水路のようになってしまいます。先日などは、領事館の職員の車に乗せてもらって何とか職場に着いたのですが、なんとその日は半分以上の現地職員が家から出られずじまい。家の浸水、交通手段が途絶えるなど、領事館に辿りつけないという有様だったのです。 大雨と溜まった水は、路上生活をしている人の衛生面や生活環境に大きな影響を与えるだけでなく、浸水した建物付近では感電死の恐れもあります。また、膝上まで溜まった水の中を母子で歩いていると、お母さんの手をするりと抜けて、子どもがマンホールの中にスポンと落ちてしまうという悲惨なニュースもあるそうです。鉄製のマンホールのふたは盗まれることもたまにあり、そこだけ落とし穴のようになってしまうからなのです。 これらの話を友人から聞きながら、雨一つとっても、どんな立場でそれを眺めるかによって、相当に見方が変わるものだと思い知らされるばかりです。 |
![]() コルカタの街がベネチアに・・・ |
●土曜日は一市民として そんな歩きにくい季節ではありますが、土曜日には、興味の向くままに様々な分野のNGOを訪ねています。平日は領事館に遅くまでおり、日曜日はほとんどの団体は活動がお休み。なので、土曜の一日がとても貴重です。始めは知り合いがいる団体から訪問し、そこでまた次を紹介してもらいます。そうしているうちにどんどん弾みがついて、どんどん輪は広がっていきます。これがまた楽しい。 この「NGO訪問」は、私にとってとても大切です。その理由は3つ。一つは、いつも新しいひらめき・疑問・ヒントを与えてくれること。また、生きたベンガル語を話す(しかも興味のある分野の話題で)ことができること。そして最後に、「助成金に近い者」としてではなくて、一市民としてNGOに向き合うことができるからなのです。 平日は「助成団体の職員」、土曜日は「市民」。この立場の違いは、同じNGOであっても面白いほど相手の態度に強く影響を与えるようです。平日に助成金に関連してやりとりをするNGOの人たちは、私を通して活動資金獲得のチャンスを見ています。彼らにとって、私の発する一言ひとことが、助成の可能性を左右するかのごとく響いているよう。彼らの話し方や態度からそれがよく伝わってくるので、こちらも話をする時は変な期待や誤解を生まないように言葉を選ばねばなりません。これは、私にとっては初めてのむずがゆさであり、修行であります。 一方、土曜日に会うNGOの人たちは友人として私を迎えてくれます。議論もするし、一緒に何か出来ないかと考えたりもする。私は彼らの様々な活動・経営形態を学びたいし、彼らも私の日本人としての感覚から何かヒントを得ようとします。互いに学べるところは学び取ってやろうとする、友人なのです。こういうオープンな相互依存が、単純に、とても気持ちがいい。こうして私は、二つの立場を意識的に切り替えて過ごしています。 |
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●NGOの活動資金 さて、では総領事館で私がしている「助成」という仕事について、NGOの活動資金という側面から整理してみたいと思います。NGOの収入(=活動資金)を大まかにまとめてみると、 1. 一般寄付金(不定期・不定額・用途指定有/無など形態多数) 2. 会費(定期・固定額の場合が多く、定期的にニュースレターやイベントのお知らせなどが届くことが多い) 3. 資産運用(預金利子や投資など) 4. 補助金(国や地方自治体による) 5. 事業収入(イベントやセミナーを開く、手工芸品販売、本の出版など) 6. 助成金(後ほど詳述。助成元の機関、団体を「ドナー」と呼びます) などに大別できると思います。 |
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●NGO「S」の場合 冒頭で記述したとおり、『草の根』はインドで活動するNGOなどに、日本のODAから主にインフラを対象に活動資金を助成するものです。NGOといっても、途上国内生まれの「現地NGO」と、組織は先進国生まれだけれど途上国で活動している「国際NGO」(ほとんどの場合、先進国での資金集めと途上国での事業の実施をその組織がどちらも手がけている)があります。ここでは、『草の根』の主な助成先である「現地NGO」の資金作りについて、私が土曜日に通っているあるNGO(ここでは「S」と呼びます)を例に挙げて、考えてみたいと思います。 団体Sは「視聴覚障害者の経済的・社会的自立」を目指し、キャンドルを始めとする様々な手工芸品を生産・販売している現地NGOです。コルカタ市内に複数の施設を持ち、「研修・生産・就業支援」の一連のサイクルを手がけています。彼らの場合、先ほど挙げた「5.事業収入」が大変重要な位置を占めています。Sのキャンドルを始めとした商品は、インド国内だけではなく、先進国のフェアトレード団体や国際NGOなどによって日本を含む先進国市場に送り出されています。 彼らは、団体自身の経営方針の一つとして「継続的な寄付金や助成金に頼るのではなく、事業収入で自立する」という考えを持っているそうです。ただ、全く寄付や助成金に目を向けないかというとそういうわけではなく、もちろん寄付はいつでも大歓迎しているし、助成金についても、新しい研修所の建物を建てるなど、短期的に大きな資金が必要な際には、それこそ『草の根』のような助成団体を探すそうです。けれど、継続的に受け取れる保証のない寄付や助成金ばかりに頼っているといつ途絶えるか分からず不安定なので、事業収入の維持拡大に力を入れているのだ、と力を込めていつも話してくれます。 彼らにとっての事業とは、前述の通り、障害者自身が生産したキャンドルなどの販売です。生産工場には、研修期間を経た障害者が雇用されて働いています。彼らが生産した商品に団体が商品背景の説明をつけ、ブランドとマーケティング力でもってインド国内外に販売し事業収益を出すのです。この収益でもってさらに多くの障害者に職業訓練の機会を与えることが可能になり、より多くの人を雇用することができるようになります。このサイクルは、団体Sが目指している「障害者の自立」と上手く合致しているという仕組みになっています。 |
ビーズでアクセサリーを作る部門 |
●組織としての自立 このように「事業収入」による経済的自立の仕組みを持っているNGOは他にも多く存在します。例えば他には「女性の自立・収入向上」を目指して手工芸品や食品生産をする団体や、「医療」の分野でも、一般の病院を運営する傍らで、経済的・社会的に弱い立場にいる人たちを対象に無料で(もしくは非常に低額で)医療を提供する医療センターを開いているといったNGOもあります。「教育」に関しても、一般家庭を対象とした私立学校(学費徴収)とスラムや路上に住む子どもたちを対象とした学校(学費無し、あるいは奨学金支給など)を一組織内に並存させているNGOもあります。 インドには規模も分野もそれぞれ異なったNGOが星の数ほど存在します。もちろん寄付や助成金などのみに頼っている団体にもよく出会いますが、団体Sのような戦略的な経営をしている現地NGOも多いのです。しかも、それが大規模な団体ばかりとは限りません。小規模であっても、最小限のサイクルで活動が持続できるような工夫を取り入れている団体も多いのは嬉しい驚きでもあります。 |
目も耳も不自由な彼女は 梱包の大名人 |
●『草の根』の位置づけ さて、こういった「自立したNGO」に焦点を当てて、「助成金」と、その中でも「草の根」助成金の位置づけを考えてみたいと思います。まず、「助成団体」といっても、その主体、資金源、被助成団体による助成金の使途は様々です。主体といえば、国際組織、一国の政府(国内外)、企業(国内外)、財団(国内外)など多岐に渡り、資金源も拠出金、税金、企業活動の利潤など様々です。使途に関しても、助成団体によって多様で、活動分野を指定するもの、人件費やセミナー開催費など「ソフト」に助成するもの、逆に建設や機材など「ハード」を助成対象とするものなどがあります。この説明でいうと、「草の根」の主体は日本国政府、資金源は日本国民の税金、使途は「ハード中心」、となります。 先述した団体Sのような「自立したNGO」であっても、短期的に何かを行いたい場合や、新しく何か事業を始めたい場合の資金確保には、自分たちのニーズにあった枠組みを持つ助成団体を探して申請するというのも一つの手段となります。 「草の根」の場合で考えると、「ハード」支援ですが、実際それがどのように使われるのか、あるいは持続して活用されるような戦略や人件費などの「ソフト」費がきちんと確保されているかなども選定段階で注目するので、やはり助成先として選ばれるのは、多くの場合、他の収入源を確立している「自立した団体」になります。 とはいっても、「草の根」に送られて来る何百もの申請書の中には、こうした私たちの選定基準を理解していないものも多く(申請書とは別に、「ガイドライン」なるものを用意し、そこで明記しているのですが・・)、「あれがほしい、これを建設したい」と訴えるだけの申請書に頭を抱えることが多いのが現状。この打開策は私たちの課題となっています。 現地NGOがいかに助成金を獲得し活用していけるのかは、どれだけ「上手く」申請書の文章が書けるかが重要になってきます。けれどその前に、その団体の戦略と方針においてどれだけ助成金とその使途が明確に位置づけられているのか、これが鍵となっているように思われます。 こういったことは「土曜日の」NGO訪問でのざっくばらんな会話の中から感じ取ることができます。「平日の」申請NGOたちからは聞かせてもらえないようなドナーへの見方や、NGOの経営面での苦労や工夫に触れることは、これからも市民活動に関わっていきたいと願う私にとって、自分が関わる立場の模索と貴重な発見の場として大きな意味を持っています。平日いくら残業が続いても、土曜になるとケロリと元気になるのは、このためなのです。 |
皆でガヤガヤ発送作業 |
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